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茨城県指定文化財 史跡 笠原水道
 わが国で十八番目に古いといわれる笠原水道は、寛文二年(1662)第二代藩主光圀(義公)が、下総佐倉の人、平賀保秀に命じて造らせ、翌年完成したものである。
 当時下市は、商業都市として発展するに伴い、飲料水を得るために苦慮した。そこで清らかな水がたくさん湧き出る笠原不動を水源地として、総延長7キロメートルにおよぶ水路を布設し、現在もこの地に石樋が埋設されている。その主な導水管は、凝灰質砂岩を使い、支線は木樋、各戸へは竹樋を用い、また、街道には公共用の井戸を設けた。この工事のために費やした費用は、五百五十余 両、延べ二万五千人余りの人夫、およそ一年半にわたる大工事であった。
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 ■ 笠原水道の写真
竜頭共用栓(明治時代ごろまで使われていた共用栓の復元物。そばにあるバルブを開放すると湧き水がでます)
浴徳泉の碑(この碑は笠原水道の記念碑として、文政九年(1826)五月に建立された) 歴史を感じる石段
 ■ 地図